スイス

【世界一周】懐かしの場所へ…。

アイス

 

 

どうも、どくしょーです(@ShoichiroMizuno)。

 

 

 

ローマから始まり、フィレンツェ、ミラノ、ヴェネツィアとイタリア半分を北上。

実に2週間のイタリア周遊の旅。

スペイン広場 フィレンツェ ドゥオーモ ヴェネツィア

2週間もあれば十分かなと思っていたけど….。

全然足りねええぇぇえええぇぇ( ;∀;)!!!!!

 

 

イタリア周遊8日間なんてツアーがあるから行けると思ってた。

卒業旅行でもイタリア来てたし、なんとなく感覚分かってるつもりやった。

甘かった….。(ちーん)

 

 

本当にイタリアは観るところが多くて、退屈とは無縁の日々。

サン・マルコ広場 ミラノ ダビデ像 コロッセオ

毎日、毎日、新しい景色が目の前に広がっていく。

これほど楽しいことは他にはない。

 

 

 

そしてイタリアは観光地だけじゃなく、人もかっこよくて、面白かった。

ゴンドラ乗り フィレンツェ ローマの店員 ローマの店員

俺、生まれ変わったらイタリア人になりたい(*゚∀゚)w

 

 

ぜってぇまた来るからなああぁぁああぁ!!!!

グラッチェ(Grazie)、イタリア!!!

 

 

 

そして次に向かうのは世界一周21カ国目・スイス!!!

飛行機の中からの風景 飛行機の中からの風景 チューリッヒ空港

着いたああぁあぁ、チューリッヒ空港!!

さぁて、ゆっくりとスイスを堪能するか….。

 

 

というわけにはいかない。なぜならスイス滞在2泊3日w。

あまりにも行きたい場所が多くて詰め込みすぎたスケジュールの末路。

そのシワ寄せがスイスに直撃!!

 

 

ただどうしてもスイスには寄りたかった。

理由は簡単。前に住んでいたから。(何ですと!??)

 

 

実は小学校2年生の1年間、親父の仕事の都合でスイスに住んでいたんです。

住んでいた場所はラインフェルデンにあるアウガルテンという小さな田舎町。

 

昔住んでいた場所に嫁さんを連れて行ってみたかったんです。

なので強行日程で詰め込みました。(嫁さんありがとう!!)

 

 

ラインフェルデンはチューリッヒから電車で小一時間ほど。

そこからはバスでアウガルテンに向かう。

ラインフェルデン駅 アウガルテン

着いたああぁああぁぁ(*゚∀゚)。

駅はあまり記憶になかったけど、このバス停はめっちゃ覚えてる。

な、懐かしい…。

 

 

 

確か、バス停の向かいに….。

小学校 小学校

あったああぁぁあぁぁぁ!!!!

通っていた小学校(*゚∀゚)!!!

外観はキレイになってるけど、形は30年前のまんまや。

 

 

当時スイスの小学校は日本より1歳遅れて始まるため、スイスにいたときは小学1年生のクラスにいました。

7歳の自分は初めて日本ではない場所に行き、そして何もわからず、現地の学校に通うことに。

周りが話す言葉はドイツ語のためチンプンカンプン。

幼心にすごく不安になって、授業初日で涙目になってた。

 

 

日本では学校に通うことが楽しかったのに、スイスでは全く楽しくなく、毎日学校に行くのが嫌だった。

小学校にたった5分で着く通学路がものすごく長い道のりに感じて、小学校に着いても「学校行きたくないっ!!」って泣きながら家に引き返してたなぁ。

スイスの通学路

そうそう、この道を泣きながら引き返してた。

 

 

けどそこはやっぱり子供。

小学校で授業とは別でドイツ語を教えてくれる時間があって、少しずつドイツ語がしゃべれるようになったら、泣いていたことなんか全く忘れて楽しく学校通ってた。

スイスは移民が多いから、クラスにはいろんな国の子いたのも良かったのかも。

そんな子たちと一緒にドイツ語を学んで、2〜3ヶ月でもう日常会話には全く困らなくなってた気がする…。

 

 

ドイツ語がしゃべれるようになったら、もう毎日が楽しかった記憶しかない。

小学校の授業は午前中に2時間、週に2回ほど午後に授業があるだけで、ものすごくゆとりがあった。

授業以外の時間はとにかくみんなで遊んでいたなぁ。

小学校の校庭 小学校の校庭 小学校の校庭

自分がサッカーを始めたのも、スイス。

30年前の日本はサッカーなんてやる子供は周りに全然いなかった。

当たり前のように野球で盛り上がり、地元にあるのは少年野球チームのみ。

 

 

だからスイスにも野球のバットとボールを持ってきた。

家から道具を持って、遊び場に来るとすごく不思議な目で見られたのを覚えてる。

 

「それ何持ってるん?」

「え?野球のバットとボールやで」

「そんなんわからへんから、サッカーしよう!!!」

 

たったこれだけのやり取りで日本から持ってきたバットとボールはお払い箱(笑)。

そこからスイスにいる間はずっとサッカーしてた。

今では自分の一番好きなスポーツになってる。

 

 

そしてドイツ語が難なくしゃべれるようになったら、もう家族の通訳状態。

近所のスーパーに行っても、休みの日に出かけても、みんながドイツ語のわかる自分にしゃべりかけてくる。

けどドイツ語でしゃべりかけられてるのに日本語で聞こえて、自分の口からは日本語をしゃべってる感覚でドイツ語が出て来る。

そんなすごく不思議な感覚を今でも覚えている。

 

 

…..そう感覚のみ覚えている。

ドイツ語は全く覚えていない( ;∀;)。

 

ちくしょおおおおぉぉおおおおぉぉーーーー!!!!

なんで帰国したあともドイツ語教室とか行かなかったんやーーー!!!!

 

おかげで帰国後1年もすればドイツ語は全く分からなくなっていた。

帰国のときにみんなから貰った寄せ書きも帰国直後は読めていたのに、1年経ったら解読不能。(く、くやしい….)

 

 

帰国してからもドイツ語を継続しなかったことは人生でベスト3に入る後悔(やってしまった…)

 

 

だけどドイツ語は覚えてなくても、この街の景色、この街で暮らしたことしっかりと覚えている。

当時の家もそのまま。

スイスの家 車庫

駐車場の入り口もそのまま。

 

 

何気ない道路も、

売店

店の外観こそ変わったけど、よく寄ってた売店のある場所もそのまま。

 

 

暑い日にはアイスを食べて

アイス 公園

みんなと遊び回った公園もそのまま。

何もかもが本当に懐かしい…。

 

 

初めて暮らした異国の地。

スイスは自分にとって特別な国。

そんな街に嫁さん連れて来れたのはなんだかすごく嬉しい。

 

 

よく遊んだ公園で、何気ない話をするのがこんなにも幸せなことだとは思わなかった。

公園

本当にありがとう!!!

次は子供を連れてまた来たいなぁ…。

 

 

 

あっ、そのときまでに逆上がりはできるように特訓やな(笑)

公園

 

 

お付き合いいただき、ありがとうございました。

 

 

ABOUT ME
どくしょー
現役医師(整形外科専門医、麻酔科標榜医、産業医)。医師となって10年以上経つ中で、「これからどうキャリアを積むのか」「したいことは何なのか」「どう生きていきたいのか」などの悩みに直面。じっくりと考えるため「時間が必要」と感じ、結婚・転職をきっかけに半年間休職。その間、嫁と世界一周の旅へ。帰国後は整形外科医として再出発。そして医師×〇〇を探す旅へ。
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