ついに来た!イースター島!!

いちろー
どうも、いちろーです。

ついにやってきました、イースター島。

世界一周すると決めたときにどうしても行きたかった場所のひとつ。

あぁ、早くモアイに会いたい、、、。

空港到着

イースター島空港

イースター島空港に到着してまず国立公園入場チケットを購入。

イースター島の空港内チケット売り場

このチケットがないと各地のモアイを間近でみることができません。

色んなブログで$60だったのが$80に値上げされてました。

いちろー
こんなとこまで不況の波が・・・。

ほぼ全ての各観光名所でチケットをチェックし、スタンプなどを押されました。

イースター島の国立公園入場券
イースター島の国立公園入場券

次に検疫所を出る前で防虫スプレーを配ってます。

防虫スプレー

しかもその後ろには「cholera(コレラ)」と書かれた看板が、、、。

看板

一気に南米感が出てたなぁ、、、。

なんかちょっと身構えてしまいます。

この旅2人目のマイク

ホステル行きの車でオーストリア人の世界一周夫妻と一緒に。

名前はマイクとローリー。

ニュージーランドでもマイクというハイヤードライバーに助けられ、世界一周2人目のマイク。

この旅、何かとマイクに縁があるね〜。

なんでも1年かけて世界一周しているそう。昔にも半年間ほど周遊経験があるみたい。

いちろー
う〜ん、大先輩やな。

すごく気さくなマイクと天然スマイルのローリーとイースター島観光をどうやって回るか物色。

候補はツアーとレンタカー。

自分たちはイースター島に3泊4日、マイクらは4泊5日。

1日ツアー+1日レンタカーか2日レンタカーか、、、。

イースター島でのレンタカーはどうやら相場は1万円/日くらい。

なんと国際免許なし(というか免許証すら提示求められず)でレンタル可能。

う〜ん緩いな、イースター島!

島観光のツアーは8人1グループのもので相場が8000円前後/日。

ツアーを交渉していた時の感じでガイドは英語が喋れるのかも微妙。

スペイン語でガイドされても全然分からんしなぁ。まぁ、英語でも微妙やな。

検討の結果、満場一致でレンタカーに。

イースター島のレンタカー
いちろー
せっかくのイースター島やし、ツアーでバタバタ回るより自分らのペースでゆっくり回りたいしね。

初日

その後はマイクらと昼食後、ホステルでゆっくりしてから、近場のモアイを見に。

Tahai

イースター島のtahai

イースター島唯一の村「ハンガロア」からも徒歩圏内。

ここから見る夕日が観光客に人気の場所。

モアイ像

帽子をかぶって、目のあるモアイ。

モアイ像

なんかちょっとツンとしてるモアイ。

モアイ像

海沿いに整列するモアイ。

あっちを見ても、こっちを見てもモアイ、モアイ、モアイ。

いちろー
お前ら、会いたかったぞーーー。

陸の孤島のイースター島でモアイ像は何のために造られ、造った後どうやって運ばれたかなどまだまだ謎ばかり。

これをロマンと言わずして、何をロマンというか。

衝動を抑えきれず、とりあえずモアイの気持ちになって見た。

モアイ像
いちろー
うん、さっぱり分からん。

アホなことはさておき、次第に日が暮れて来て夕日に映えるモアイが見れて感動。

モアイ像

たまたま居合わせた他の世界一周中の人との貴重な出会いもあって、大満足な初日。

イースター島2日目

Ana Kai Tangata

イースター島

まず向かったのはAna Kai Tangata。

アナカイタンガ

ラパヌイ語で、アナは洞窟、カイは食べる、タンガタは人ということ。つまり、人を食べる洞窟「食人洞窟」という意味になる。

鳥人儀礼の後にその祝宴が行われた場所みたい。

アナカイタンガ

断崖絶壁で景色は壮大でだけど、部族抗争で食人にまで及んだことがあるとも言われているイースター島。

孤島は闇も深いのか。

Reno Kau

イースター島のラノカウ

次にReno Kau。

イースター島は3つの火山噴火でできた島で、そのうちの一つの火山口。

イースター島火山口

火山口は圧巻。

孤島だけあって風がすごい。体格のいい自分が吹き飛ばされそうでした。

Orongo

オロンゴ儀式村

この村では近くの島まで泳いでそこから卵を一番早く取って帰ってきた男が1年間村長になるという風習があったそうです。

イースター島の島

あの島まで泳いで行って卵取ってきて1年間のみ村長、、、。

いちろー
うん、割に合わん!

そしてさっきのAna Kai Tangataで鳥人儀礼の祝宴。

イースター島の原住民、謎すぎる。

昼食

一度街に戻って、昼飯。

エンパナーダというスペイン料理。

エンパナーダ
エンパナーダ

ツナチーズ入りの餃子パイって感じです。

大体1個700円くらい?ボリュームもあって、結構美味しい。

Puna Pau

イースター島のプナパウ

どうやら、モアイの帽子を作ってたところみたいです。

帽子はプカオと言います。あちこちに帽子が転がってます。

モアイの帽子
モアイの帽子

後期のモアイ像に帽子を乗せていたそう。

どうやって帽子を乗せたかはもちろん謎のまま。

それよりも何で帽子を作ろうと思ったかの方が気になる。

Aha a Kivi

アフアキビ

そして2日目最後は唯一海を向いているモアイがあるAha a Kivi。

モアイ像

ほとんどのモアイ像が沿岸沿いにあるのに、ここだけ内陸部に造られている。

基本はモアイ像の周りには集落の跡があるらしいが、ここはないみたい。

やっぱり、モアイの謎は深い。

イースター島3日目

Ahu Baihu

ここでは倒されたモアイが見れます。

モアイ像が倒れている理由は、「モアイ倒し戦争」によるものみたいです。

島民の入植から17世紀までの間モアイは作られ続けたが、18世紀以降は作られなくなり、その後は破壊されていった。平和の中でのモアイ作りは突然終息する。モアイを作り、運び、建てる為には大量の木材が必要で、伐採によって森が失われた。人口爆発(僅か数10年の間に4~5倍に膨れ上がり、1~2万人に達したという)と共に森林破壊が進んだ結果、肥えた土が海に流出し、土地が痩せ衰えて深刻な食糧不足に陥り、耕作地域や漁場を巡って部族間に武力闘争が生じた。モアイは目に霊力(マナ)が宿ると考えられていたため、相手の部族を攻撃する場合、守り神であるモアイをうつ伏せに倒し、目の部分を粉々に破壊した。その後もこの「モアイ倒し戦争」は50年ほど続き、森林伐採は結果として家屋やカヌーなどのインフラストラクチャー整備を不可能にし、ヨーロッパ人が到達したときは島民の生活は石器時代と殆ど変わらないものになっていた。

ウィキペディアより引用

今現在、立っているモアイ像は全て復元されたもの。

とりあえず、ここでもモアイの気持ちになってみた。

モアイが倒された背景を考えると、ちょっと悲しい気持ちになります。

Akahanga

ここにも、倒れたモアイ像があります。

Rano Raraku

次は、モアイの生まれた地、ラノラルクへ。

切り出される前のモアイ像が多数あります。

よく見たXperiaのモアイもここにいます。

モアイ像

ここで切り出したモアイを沿岸沿いまで運ぶ、、、。

ようこんな重いもの運ぼうと思ったよな。

Tongariki

次はトンガリキ。

日本企業が復元したもので、朝日と一緒に見たいモアイ像として有名な場所。

復元された経緯を調べると、、、

香川県高松市に本社を置く株式会社タダノが、1992年からクレーンなどをイースター島に持ち込んで、島南部のアフ・トンガリキにある15体の像の復元・修復などを行い、使用後のクレーンなどをイースター島に寄贈している。これはTBSの『日立 世界・ふしぎ発見!』で1988年の秋にイースター島を特集した際、「クレーンがあれば、モアイを元通りにできるのに」という知事の声を放送したところ、解答者である黒柳徹子が「日本の企業が助けてあげればいいのに」という内容の発言をし、それをタダノの社員が見ており、社長が話に乗ったのがきっかけである。クレーンの運搬にはチリ海軍の協力を得ている。費用も全額タダノが出費している。

ウィキペディアより引用

いちろー

黒柳徹子の影響力ハンパねぇ。

モアイの帽子に黒柳徹子は親近感でも湧いたんかもしれん。(ホンマかいな)

しかし、黒柳徹子の脳内が一番謎かも。

Awaken

ビーチ近くにあるモアイ像。

結構みんな普通にビーチで遊んでました。

さすがにここまで来たら飽きて来た??

2日間一緒に観光したマイクも「enough モアイ」だって(笑)。

イースター島最終日

イースター島は島やモアイの歴史を知れば知るほど謎が多くて、好奇心を掻き立てれる場所。

訪れるのは結構大変ですが、来てよかったと思います。

いちろー
バイバイ、モアイ!

 

しかし、最後はモアイが普通の景色になってたな(笑)。

それくらいモアイにあふれた、モアイが日常になる島でした。

 

お付き合い頂き、ありがとうございました。

ABOUTこの記事をかいた人

現役医師(整形外科専門医、麻酔科標榜医、産業医)。医師となって10年以上経つ中で、「これからどうキャリアを積むのか」「したいことは何なのか」「どう生きていきたいのか」などの悩みに直面。じっくりと考えるため「時間が必要」と感じ、結婚・転職をきっかけに半年間休職。その間、嫁と世界一周の旅へ。